文京区にある東京大学大学院理学系研究科附属植物園、「小石川植物園」は植物学の研究・教育を目的としている東京大学の附属施設です。日本でもっとも古い植物園であるだけでなく、日本の近代植物学発祥の地でもあり、現在も自然誌を中心とした植物学の研究・教育の場となっています1。
2023年11月3日(金)〜5日(日)に開催される小石川植物祭にむけて、Dear Tree Projectでは植物園で管理を行う技術職員の方や研究活動を行う研究者の方にインタビューを行いました。
今回は、小石川植物園で、植物と動物の相互作用について研究をされている樋口 裕美子さんにお話を伺いました。
1. 「植物園の概要」(https://koishikawa-bg.jp/overview/)
── 本日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。小石川植物園で助教をしております、樋口です。
── 早速ですが、樋口さんの研究されていることについて、お聞かせいただけますか?
植物と昆虫の相互作用について研究しています。特に葉っぱに興味があって、葉の形と昆虫の相互作用に何かないか調べています。植物の葉は虫に食べられることが多いですが、そうした「植食性昆虫」にとって葉の形がどういう存在なのか知りたいと思っています。
具体的には、葉を巻く「オトシブミ」という昆虫について研究しています。オトシブミは葉を産卵のために巻くのですが、その際に変わった複雑な形の葉だと、葉の形がその加工を妨げるのではないかと考え、行動実験や野外調査から明らかにしようとしています。ムツモンオトシブミとシソ科ヤマハッカ属植物を主な対象として研究してきました。これまでの調査から、ムツモンオトシブミのメス成虫は複雑な形の葉をもつハクサンカメバヒキオコシと、同所的に生育することがある単純な形の葉のクロバナヒキオコシ、餌としては両種とも食べられるのですが、巻くのにより好むのは単純な形のクロバナヒキオコシの葉だということがわかりました。それで、今はどうしてその複雑な葉が使われないのかを調べています。
研究のきっかけ
── どういう経緯でオトシブミにたどり着いたんですか?
葉の形が植物によって色々あるのが好きで、それについて調べたいと思ったことがきっかけです。私が植物を覚え始めたのは大学に入ってからなのですが、例えば樹木を識別するときには、複葉か単葉か、葉っぱが切れ込んでいるかいないかなどを参考にします。そのように種が判別できるくらい葉の形が違うということには、どのような意味があるのかなと思いました。大学でも葉の形に何か意味はないかなと思いながら授業を聴いていたのですが、同時に送粉や種子散布、被食など、動物と植物の相互作用も面白いなと思っていて、2つの要素が関連しないかなと思っていました。それで少し調べていると、トケイソウ属植物の葉っぱに巻きひげや托葉に卵みたいな丸い黄色い構造物がついていることがあり、それが蝶の産卵の回避に役立っている(蝶がすでに卵が生まれていると勘違いして、産卵しなくなる)という研究を見つけました2。研究ではその卵のような構造物を除去すると、産卵されやすくなるということが行動実験から示されていて、こういう研究は面白いなと思い、自分でもやってみたいと思うようになりました。
2. Williams, K. S. & Gilbert, L. E. (1981) Insects as selective agents on plant vegetative morphology: egg mimicry reduces egg laying by butterflies. Science 212, 467-469. DOI:10.1126/science.212.4493.467
── 興味深いですね。樋口さんがされている行動実験とはどういったものなんですか?
実験室で昆虫と植物を飼育栽培していて、ケージのなかでオトシブミのメス成虫に葉を与えたときに、どのようにメス成虫が行動するかをビデオカメラで撮影しています。オトシブミのメス成虫は葉を巻く前に、葉の上を規則的に歩くのですが、その歩行に葉の形が影響しているのではないかと思っています。実際、ムツモンオトシブミのメス成虫に切れ込んだ形のハクサンカメバヒキオコシの葉を与えると、葉上の歩行はするのですが、それ以降の加工行動をしないので、切れ込んだ葉の形が歩行行動に影響して加工行動をストップさせるのではないかと思っています。今は切れ込んだ葉の形と歩行行動がどういう関係にあって、葉の形のどういう成分がどう「オトシブミ」行動に影響して加工行動をストップさせるのかを明らかにしようとしています。
── なるほど。歩行行動というのは、オトシブミが葉っぱの上を歩きながらスキャニングしてるみたいなことでしょうか?
そうみたいです。歩いてる途中で一定の場所で葉っぱを噛むこともあって、おそらくそれは葉の質や新鮮さを判断しているんだと思います。葉の欠損具合なども調べているかもしれません。ハクサンカメバヒキオコシの葉上では、メス成虫は単純な形の葉での行動とは違って、うろうろと迷っているように見えるんですけど、まだはっきりわかっていません。
植物研究のきっかけは街路樹だった?
── とてもニッチでおもしろい研究をされていますが、どうしてこういう領域に興味を持ったか、さらにさかのぼって聞いてみたいです。
私は小さいころから植物が好きだったわけではありません。高校でも生物は選択していませんでした。
生物学へ進むきっかけになったのは、進路に悩んでいた高校生のときに電車から見た街路樹です。私は読書が好きで、色々と本を読んで考えをめぐらせるのが好きだったのですが、あるとき車内で本を読んでいたら、ふと窓の外に生えている街路樹を見かけまして。「私あの木の名前も知らずに、本ばっかり読んでなんかわかった気になって。頭でっかちなのかな」みたいな気持ちになりまして。笑
── おもしろい(笑)。
それで生物に興味をもって勉強してみたいなと思いました。当時高校3年生だったのですが、生物の先生に生物を教えてくださいと頼み、医学部志望者向けの補講に入れてもらいました。もう少し知りたいなと思って農学部に進学しました。大学では生物系のサークルに入ったのですが、そのサークルは博士進学する人がとても多くて。周りの影響もあり、なんとなく学部3年生くらいのときには研究者っていいなと思っていました。
周りには昔から植物好きだった・生き物好きだったという人が多いのですが、私はそうではありません。またオトシブミは好きですが、昆虫全般となると、昆虫の生態を知るにつれマシになっていますが今もあまり得意ではありません。でもそういう人も含めて、いろんなタイプの人が研究していていいのかなと思っています。
川から公園へ。キャットストリートの原型
この辺りは、今では信じられないが、渋谷川(穏田川)が流れる農村エリアだったという。その後、周辺の民家からの生活排水で汚染が進んでいた渋谷川を、1960年代に暗渠化(川の上に蓋を被せるよう通路にする)し、今の原型ができたよう。
当時まだこの辺りには多くの子どもたちがいたようで、子どもたちの遊び場をつくろうと、滑り台やブランコ、砂場などの公園空間ができていった。その公園に、野良猫が集まってきて、「キャットストリート」という通称がついたという説があるそう。
インビジブル・グリーン・ウォーク
ーみどりを巡る10のスポット
公園空間が進んだキャットストリート。今回は、ストリート内にある花壇の管理に現在関わっている方とともにグリーン・ウォークをおこない、地域のみどりを巡った。よく眺めて歩いていくと実に多様な植物があり、中には、ハーブやりんごといった食べられるものまであるようだ。普段何気なく歩いていると気づかない、まちのみどりの面白さが見えてくるかもしれない。
スポット①:にんにく畑
渋谷キャストからキャットストリートに入った花壇には、にんにくが植えられている。
スポット②:二叉路にまたがる夏ミカンの木
ストリートを二叉路にまたがる三角地帯の中央にあるには、たくさんの果実をつけている夏ミカンの大きな木。みどりを眺めながらキャットストリートを歩いていると必ず目に入ってくるシンボルツリーのような存在。その隣にはキンモクセイの木が寄り添う。この夏ミカンをどのように使えるか、アイデアはふくらむばかり。階段を登って香るのもおすすめ。
スポット③:香り豊かなエディブル花壇 紫蘇とミントとティーツリー
冬の季節に巡った花壇には紫蘇がまだまだ残っていた。共に同じ花壇で育っているのは、ミントや、アロマでも人気のティーツリーといったハーブだという。ティーツリーにそっと触れれば、良い香りがしてくる。周りのお店でアロマオイルも手に入るだろうし、その植物自体もここで育っているのが面白い。地域の人たちからすると、少しボサボサになっているので整えたいと思っているそうだ。
スポット④:「キャット」ならぬ「アップルツリー」ストリート
キャットストリートには20本以上のりんごの木が植わっている。りんごの品種は秋映(あきばえ)とシナノゴールド。春になるとピンク色に咲く花がとても綺麗で、桜に劣らないほど。3〜4月に花が咲いて、ゴールデンウィーク頃に受粉をして、6〜7月に摘果(果実がつきすぎた場合に余分のものを幼いうちに摘み取ること。)5つ付いている青い実を1つにするなど、地域みんなでお世話をして、8月の終わりには収穫。その日のうちに長野・座光寺の農園に送って、シードルを作っている。
ここにあるリンゴの木は、実は下の方のコブの部分で接木をしている。大木になるりんごの上に、別の小さなりんごを植樹すると、細い小さなリンゴができて、1〜2年で採り始められるそう。大きいものは結構育つまでに時間がかかるため、うまく使い分けて収穫量を保っている。
スポット⑤:りんごの木とアジュガ
りんごの木の下には、アジュガという春にはヒヤシンスのような紫色の花がたくさん咲く植物が植わっている。これは花壇の土のグランドカバーの役割にもなっているとのこと。
スポット⑥:万年草
花壇の下の地面にこっそり生えている草は、万年草という。冬でも緑なのが特徴。
花壇にも生えていて、これは花壇の土が飛んだり、ダンゴムシの侵入を防いだりしてくれる。
地面に生えているのは、実は花壇に生えていたものが下に落ちて広がったもの。本来は、ハサミでバラバラにしたりして広げたり、小さなねプランターで育ててから埋めてあげることでもできるけれど、こうやって落ちて自然に広がっていくのも面白い。
スポット⑦:成長を任せているミントとローズマリー
りんごの木の下にはミントやローズマリーが広がる。ミントは多めに残しているようで、切ってしまえば綺麗になるけれど、自然に任せているとのこと。
スポット⑧:渋谷区保存樹木たちが集まる穏田神社
かつてはこの辺りの地名は「隠田」で、現在の地名「穏田」に変化したという。穏田神社はこの地の産土神として古くより信仰されてきたといいます。
その古い歴史から、さくら、いちょう、ケヤキなど、渋谷区の保存樹木が荘厳に立ち並びます。
秋にはたくさんの小粒の銀杏が落ちて、地域の人は、お掃除しながら少し食べてしまうこともあるそう。社殿の両側には、紅い花と白い花を咲かせる梅の木が彩る。
スポット⑨:TRUNK HOTEL
TRUNK HOTELのお庭に生えているなんとも不思議な形の植物。トゲトゲしていて、ついつい気づくと触ってしまいます。TRUNK HOTELには他にも面白い植栽がたくさんあります。
スポット⑩:坂道の横のさくら
渋谷キャストから少し歩く場所にある坂道の横には、さくら吹雪が舞う桜の木。毎年地域の方々は楽しみにしているようで、散歩する時には必ず寄りたくなる場所のようです。以前は、手前にももう一本あったけれど、いつの間にか引退されたのだとか。
ちょうど良い管理がされた花壇
キャットストリートの花壇を巡ってきて印象的だったことに、”ちょうど良い”管理がなされているところであった。花壇の管理というと、時々見るのが、季節に応じて、土を全て掘り起こして、花を植えて、また季節が過ぎれば、土を掘り起こしてという育て方。こうした方法への違和感もあり、ハーブや育てやすく、2年でも3年でも多年でいける植物を植えているとのこと。
一部の空いてるところには球根とか、季節の植物を植えるが、土を捨ててまで見た目を綺麗にする必要はないのでは、という考え方のようで、水やりも楽になるそうだ。
地域の人々に引き継がれるみどり
案内していただいた小野さんが所属するのは、渋谷川の由来を名前につけた「渋谷川遊歩道花管理班」。この地域は、2つの町会と2つの商店街で、4つで成り立っており、地域全体で話し合い、協力し合って管理をしているとのこと。
一方で、暗渠化されてから数十年が経ち、周辺には流行りのお店やビルができてきた地域で、シニアの方たちも増えてきたとのこと。そうした中で、小野さんも花壇の管理を引き継いだ一人。若い人たちとの協力もどんどん図っていきたいそうだ。
キャットストリートはグリーンカルチャーの先端かもしれない
「うちは苗を作ったり、花を育ててたりして、無人販売にしています。」小野さんは、自ら育てた植物を販売したり、実際にキャットストリートの花壇へも植えていたりもするそう。
ストリートで育てたリンゴでシードルを作ったり、地域の管理する市民が自ら植物を育てて花壇を彩ったり、普段歩いているだけでは気づかない、キャットストリートの見えない一面が見えてくる。
地域の植物で、地域の人たちが育てて、共生したり、使ったりする、ローカル・グリーンの循環は、世の中で大声で叫ばれる環境パフォーマンスなんかより、身近で、誰もが関わることができる日常的な行為のように思える。
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Koishikawa Botanical Festival 2023
「植物」と考える、まちのこれから。
都市の真ん中にひっそりとある「小石川植物園」。300年以上にわたる歴史を持つこの植物園は、東京大学大学院理学系研究科附属植物園として、長年、植物学の研究、教育の場として大きな役割を担い、また地域の人たちの憩いの場としてもひらかれてきました。そんな歴史ある植物園で、2022年から建築家ユニットKASAによって起案され、小石川植物園と共同でスタートした「小石川植物祭」。2023年は「命名」をテーマに、2023年11月3日〜5日に開催。Dear Tree Projectでは、あなたと植物をつなぐためのみどりの標本「グリーン・コレクション」を作るプラットフォームを制作しました。