文京区にある東京大学大学院理学系研究科附属植物園、「小石川植物園」は植物学の研究・教育を目的としている東京大学の附属施設です。日本でもっとも古い植物園であるだけでなく、日本の近代植物学発祥の地でもあり、現在も自然誌を中心とした植物学の研究・教育の場となっています1。
2023年11月3日(金)〜5日(日)に開催される小石川植物祭にむけて、Dear Tree Projectでは植物園で管理を行う技術職員の方や研究活動を行う研究者の方にインタビューを行いました。
小石川植物園には、日本最古のものと言われる植物標本室があり、多数の植物標本が保管されています。小石川植物園で標本室の管理をしながら、植物の分類学を研究されている、Diego Tavares Vasquesさん(以下ジエーゴさん)に、お話しを伺いました。
1「植物園の概要」(https://koishikawa-bg.jp/overview/)
── 本日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
── 早速ですが、自己紹介をお願いします。
小石川植物園で助教をしております、ジエーゴと申します。出身はブラジルで、修士課程から日本に来てもう12年以上になります。私の専門はシダ植物における分類学で、野外調査と実験の他に、参考文献を尋ねたり、歴史を尋ねたり、あとは標本を研究資料として使うことが基本です。シダ植物の中でいろいろ研究していますが、注目しているグループは、コケシノブ科のホソバコケシノブっていう種類です。とてもかわいらしいシダ植物でいろんなサイズのものがあるんですけれども、葉は細胞一層でしかできてなく、とても薄くて半透明な点が特徴です。
その植物の面白いところは、主に日本に分布していますが、日本以外でも、台湾、中国、インドとか、フィリピン、インドネシア、太平洋の島や中南米、アフリカまでに広く分布している点です。そのグループが、本当に一つの種類なのかどうか、分類学では長く議論されています。こんなに広い分布で、例えばブラジルと日本のものを比べるといろんな形のものがあるので、実は違うグループなのではないか調べています。
結論を言うと、実際には一つの種類じゃなくていろんな種類が混ざってるっていうことがわかってきて、目で見えない特徴が進化して、いろんな種類が生まれてきているようです。
それがシダ植物でよく見られるもので、隠ぺい種と呼ばれる現象です。今は日本のホソバコケシノブが解明されてきて、三つの隠ぺいしていた種があるとわかってきています。次は、他国の種の解析を進めていて、まずはブラジルのものを解析しています。来年はタイ・マレーシアを調べようかなと思っています。調査をしつつ、乾燥標本を網羅的にリストアップしてデータベース化することも計画しています。遺伝子的な近さの検証ももちろんしています。
小石川植物園の植物標本室
── 小石川植物園の標本のことは我々も気になっていて、どれぐらいの標本データがあるのか、そしてそれがどういう状態で保管されているのかということをお聞きしたいです。
もともと一つだった標本庫が今は二つに分かれていて、一つは小石川植物園、もう一つは本郷の総合研究博物館の中にあります。その二つの施設を合わせると、おそらく190万点以上あると思います。しかしほとんどはデータベース化ができておらず、正確な数値はわかりません。ちなみに、データベースの達成率は推定では10%以下です。
国内のものだけでなく、東アジアや東南アジアのものも多くあります。一番古いものは把握していないですが、標本庫が1877年に設立されたので、少なくとも150年ぐらいのものがあると考えればいいんじゃないかなと。
標本庫では、標本が何らかのルールで整理されて、棚に保管されています。図書室のように目録から目当ての標本を探して、アクセスする形です。 標本の場合は、分類群(科、属、種)、または地域ごとで標本を整理しています。標本は、植物が台紙の上に固定されています。形・サイズ・花が咲いているか・誰が・どこで・いつ採った、などの情報が、台紙上のラベルに記載されています。さらに場合によっていくつものラベルがあって、例えば、2003年にジエーゴがこれを採取して、2010年には別の方が来て、これが違う種類ですよというコメント入れる、とか、そういう記録もあります。 場合によっては、写真とか、昔のものだとイラストレーションとかを含んでいる場合もあります。DNAを取ったら、後からコメントとして入れたりします。
── 古い標本からDNAもとれるんですか?
挑戦中です。DNAもどんどん断片化していくので、部分的に読むと成功するという場合もあります。今朝は失敗しました(笑)。
── 人文学的な分野だと思うのですが、科学実験もされるのですね。研究をしようと思ったきっかけというか、どうしてこういう領域に興味を持ったかをお聞きしたいです。
振り返ると、子供のときの生物学の先生が良い先生だったなってよく思うんですよ。すごく優しい人で、授業の内容だけじゃなく、いろんな話ができました。生物とか植物の名前を覚えることは、幼いころからしていたわけではなく、今でも知らないことが多いですが、研究の活動とか、研究からわかったことを他の人に伝えるところに興味があって、子供のときから何かの先生になりたいと思っていました。 そこから大学に行って、分類学という分野にも興味を持って、生物への関心と結びついたという経緯です。どこにどんな生物学的な情報があるのか、どうやってその情報にアクセスできるのかがおもしろいと思っています。
植物標本のデジタル化
── 情報のアクセス性は重要ですよね。最近では、昔の資料をアクセシブルにするため、データのオンラインプラットフォーム構築が盛んになってきているかと思います。
そうですね。現在の標本室の共通の課題は、デジタル化と国際化です。 日本人の植物分類学者が、台湾、中国、インドネシアなどに行って発見してきた基準標本(新種が発見され、命名されたときの標本)が多く残っています。それが標本室の最も重要な資料で、日本で一番多くの基準標本を持っているのが、この小石川植物園です。例えば、台湾の研究者が、台湾の植物について調べるために、小石川植物園の資料が必要になったとして、昔は時間とお金をかけて郵送していましたが、標本の劣化につながるので、現在では写真を撮って送ったり、メールで情報を送ったりすることが多いです。 それをさらに効率的にするためには、デジタル化・データベース化が非常に重要になります。今一番広くつかわれているデータベースがGBIFというもので、世界中の標本庫にある標本の種類・名前・場所・撮影者の情報がリストになっていて、何万点ものデータを手に入れられるので、研究に生かしています。
今の研究の世界では、そのデータを使って何ができるかが議論・実践されています。環境の変化によって、昔の標本と現在の標本の形・分布・花が咲く時期などがどう異なっているかが調べられます。また、DNAを読み取ることで、推定することもできます。
最近、博物館の資料を使って研究する、ミュゼオミクスという分野があって、虫だけではなくて植物の病原菌のDNAを調べることによって、病気が発生していた範囲を推定している研究者もいます。
── それがオープンソースのようになっていったら、もっと多様な技術とかアイディアにつながりそうですね。
そう思います。他国の取り組みで言うと、例えばロンドンのキューガーデンは、世界最大の標本庫を持っていて、おそらく小石川植物園の四倍以上の標本があります。キューガーデンにはとても大きなデジタル化のプロジェクトがあって、毎日ポスターに、デジタル化する標本の目標値と、達成数を書き込んでいます。日本国内だと、ここと国立科学博物館の標本庫はとても大きいですが、小さな標本庫も多くあります。ちゃんと標本室として登録されているのは74カ所くらいですが、実際には200カ所以上あるといわれています。
小さい標本庫のデジタル化は、予算の問題もありますし、何よりも情報が届きにくく、あまり進んでいません。 小さい標本庫でも、その場所にしかない標本もあるので、数だけで評価するのではなく、共通のデジタルプラットフォームが整えられて、小さい標本庫のものもデジタル上で見られるようになることが理想です。
川から公園へ。キャットストリートの原型
この辺りは、今では信じられないが、渋谷川(穏田川)が流れる農村エリアだったという。その後、周辺の民家からの生活排水で汚染が進んでいた渋谷川を、1960年代に暗渠化(川の上に蓋を被せるよう通路にする)し、今の原型ができたよう。
当時まだこの辺りには多くの子どもたちがいたようで、子どもたちの遊び場をつくろうと、滑り台やブランコ、砂場などの公園空間ができていった。その公園に、野良猫が集まってきて、「キャットストリート」という通称がついたという説があるそう。
インビジブル・グリーン・ウォーク
ーみどりを巡る10のスポット
公園空間が進んだキャットストリート。今回は、ストリート内にある花壇の管理に現在関わっている方とともにグリーン・ウォークをおこない、地域のみどりを巡った。よく眺めて歩いていくと実に多様な植物があり、中には、ハーブやりんごといった食べられるものまであるようだ。普段何気なく歩いていると気づかない、まちのみどりの面白さが見えてくるかもしれない。
スポット①:にんにく畑
渋谷キャストからキャットストリートに入った花壇には、にんにくが植えられている。
スポット②:二叉路にまたがる夏ミカンの木
ストリートを二叉路にまたがる三角地帯の中央にあるには、たくさんの果実をつけている夏ミカンの大きな木。みどりを眺めながらキャットストリートを歩いていると必ず目に入ってくるシンボルツリーのような存在。その隣にはキンモクセイの木が寄り添う。この夏ミカンをどのように使えるか、アイデアはふくらむばかり。階段を登って香るのもおすすめ。
スポット③:香り豊かなエディブル花壇 紫蘇とミントとティーツリー
冬の季節に巡った花壇には紫蘇がまだまだ残っていた。共に同じ花壇で育っているのは、ミントや、アロマでも人気のティーツリーといったハーブだという。ティーツリーにそっと触れれば、良い香りがしてくる。周りのお店でアロマオイルも手に入るだろうし、その植物自体もここで育っているのが面白い。地域の人たちからすると、少しボサボサになっているので整えたいと思っているそうだ。
スポット④:「キャット」ならぬ「アップルツリー」ストリート
キャットストリートには20本以上のりんごの木が植わっている。りんごの品種は秋映(あきばえ)とシナノゴールド。春になるとピンク色に咲く花がとても綺麗で、桜に劣らないほど。3〜4月に花が咲いて、ゴールデンウィーク頃に受粉をして、6〜7月に摘果(果実がつきすぎた場合に余分のものを幼いうちに摘み取ること。)5つ付いている青い実を1つにするなど、地域みんなでお世話をして、8月の終わりには収穫。その日のうちに長野・座光寺の農園に送って、シードルを作っている。
ここにあるリンゴの木は、実は下の方のコブの部分で接木をしている。大木になるりんごの上に、別の小さなりんごを植樹すると、細い小さなリンゴができて、1〜2年で採り始められるそう。大きいものは結構育つまでに時間がかかるため、うまく使い分けて収穫量を保っている。
スポット⑤:りんごの木とアジュガ
りんごの木の下には、アジュガという春にはヒヤシンスのような紫色の花がたくさん咲く植物が植わっている。これは花壇の土のグランドカバーの役割にもなっているとのこと。
スポット⑥:万年草
花壇の下の地面にこっそり生えている草は、万年草という。冬でも緑なのが特徴。
花壇にも生えていて、これは花壇の土が飛んだり、ダンゴムシの侵入を防いだりしてくれる。
地面に生えているのは、実は花壇に生えていたものが下に落ちて広がったもの。本来は、ハサミでバラバラにしたりして広げたり、小さなねプランターで育ててから埋めてあげることでもできるけれど、こうやって落ちて自然に広がっていくのも面白い。
スポット⑦:成長を任せているミントとローズマリー
りんごの木の下にはミントやローズマリーが広がる。ミントは多めに残しているようで、切ってしまえば綺麗になるけれど、自然に任せているとのこと。
スポット⑧:渋谷区保存樹木たちが集まる穏田神社
かつてはこの辺りの地名は「隠田」で、現在の地名「穏田」に変化したという。穏田神社はこの地の産土神として古くより信仰されてきたといいます。
その古い歴史から、さくら、いちょう、ケヤキなど、渋谷区の保存樹木が荘厳に立ち並びます。
秋にはたくさんの小粒の銀杏が落ちて、地域の人は、お掃除しながら少し食べてしまうこともあるそう。社殿の両側には、紅い花と白い花を咲かせる梅の木が彩る。
スポット⑨:TRUNK HOTEL
TRUNK HOTELのお庭に生えているなんとも不思議な形の植物。トゲトゲしていて、ついつい気づくと触ってしまいます。TRUNK HOTELには他にも面白い植栽がたくさんあります。
スポット⑩:坂道の横のさくら
渋谷キャストから少し歩く場所にある坂道の横には、さくら吹雪が舞う桜の木。毎年地域の方々は楽しみにしているようで、散歩する時には必ず寄りたくなる場所のようです。以前は、手前にももう一本あったけれど、いつの間にか引退されたのだとか。
ちょうど良い管理がされた花壇
キャットストリートの花壇を巡ってきて印象的だったことに、”ちょうど良い”管理がなされているところであった。花壇の管理というと、時々見るのが、季節に応じて、土を全て掘り起こして、花を植えて、また季節が過ぎれば、土を掘り起こしてという育て方。こうした方法への違和感もあり、ハーブや育てやすく、2年でも3年でも多年でいける植物を植えているとのこと。
一部の空いてるところには球根とか、季節の植物を植えるが、土を捨ててまで見た目を綺麗にする必要はないのでは、という考え方のようで、水やりも楽になるそうだ。
地域の人々に引き継がれるみどり
案内していただいた小野さんが所属するのは、渋谷川の由来を名前につけた「渋谷川遊歩道花管理班」。この地域は、2つの町会と2つの商店街で、4つで成り立っており、地域全体で話し合い、協力し合って管理をしているとのこと。
一方で、暗渠化されてから数十年が経ち、周辺には流行りのお店やビルができてきた地域で、シニアの方たちも増えてきたとのこと。そうした中で、小野さんも花壇の管理を引き継いだ一人。若い人たちとの協力もどんどん図っていきたいそうだ。
キャットストリートはグリーンカルチャーの先端かもしれない
「うちは苗を作ったり、花を育ててたりして、無人販売にしています。」小野さんは、自ら育てた植物を販売したり、実際にキャットストリートの花壇へも植えていたりもするそう。
ストリートで育てたリンゴでシードルを作ったり、地域の管理する市民が自ら植物を育てて花壇を彩ったり、普段歩いているだけでは気づかない、キャットストリートの見えない一面が見えてくる。
地域の植物で、地域の人たちが育てて、共生したり、使ったりする、ローカル・グリーンの循環は、世の中で大声で叫ばれる環境パフォーマンスなんかより、身近で、誰もが関わることができる日常的な行為のように思える。
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Koishikawa Botanical Festival 2023
「植物」と考える、まちのこれから。
都市の真ん中にひっそりとある「小石川植物園」。300年以上にわたる歴史を持つこの植物園は、東京大学大学院理学系研究科附属植物園として、長年、植物学の研究、教育の場として大きな役割を担い、また地域の人たちの憩いの場としてもひらかれてきました。そんな歴史ある植物園で、2022年から建築家ユニットKASAによって起案され、小石川植物園と共同でスタートした「小石川植物祭」。2023年は「命名」をテーマに、2023年11月3日〜5日に開催。Dear Tree Projectでは、あなたと植物をつなぐためのみどりの標本「グリーン・コレクション」を作るプラットフォームを制作しました。